精密工学会誌,62, 9(1996) -.
Journal of the Japan Society for Precision Engineering, 62, 9(1996) -.
圧電素子を用いた高剛性多自由度微動機構(第2報)*
−6自由度への拡張−
大岩孝彰** 神浦 剛*** 久曽神 煌****
High-Rigidity Multi-Degree-of-Freedom Fine Motion Mechanism
using Piezoelectric Actuators (2nd Report)
−Extension to Six-Degrees-of-Freedom−
Takaaki OIWA**, Tsuyoshi KAMIURA*** and Akira KYUSOJIN****
* 原稿受付 平成8年2月15日
** 正 会 員 静岡大学工学部(浜松市城北3-5-1)
*** 学生会員 長岡技術科学大学大学院(長岡市上富岡町1603-1)(現,三菱マテリアル;大宮市北袋町1-127)
**** 正 会 員 長岡技術科学大学工学部(長岡市上富岡町1603-1)
Abstruct
The purpose of this study is to propose a new six-degree-of-freedom fine motion mechanism with high rigidity. It has the following characteristics: (1) the loading capacity of the fine motion stage is large; (2) this mechanism requires neither guide plane nor lubrication, and moves without any friction, wear and backlash; (3) each one-degree-of-freedom motion does not interfere with the others. In the previous report, fine motion mechanism which has five-degrees-of-freedom except the rotational direction around Z-axis was proposed. In this paper, the remaining one-degree-of-freedom fine motion mechanism or gamma-stage is proposed. The construction and the experimental results were described for newly developed gamma-stage. The maximum movement of the stage was 2 arcsec in gamma-direction at 400N load. The positioning resolution was less than 0.02 arcsec in gamma-direction. The positioning error and motion errors were less than plus or minus 0.01 micro meter and plus or minus 0.02 arcsec. Transient interference observed in the previous paper was decreased from 0.3 micro meter to 0.06 micro meter by employing velocity feedback system.
Key words: multi degree of freedom mechanism, positioning, high rigidity, fine motion mechanism, piezoelectric actuator, wedge plate mechanism
1. 緒 言
近年,分解能0.01μm以下の多自由度微動機構が,半導体製造装置あるいは超精密加工機・測定機等の分野で有用になっている1)〜5).しかし一般にこのような微動機構は,X線露光装置におけるウエハ位置決めや走査型顕微鏡のプローブあるいは測定対象物の微動等を想定して設計されているため,許容積載荷重や剛性は極めて低いものが多い.そこで本研究では,以下の特長を有する高剛性多自由度微動機構の開発を試みた.
(1) 微動ステージの許容積載荷重が大きい.
(2) 案内要素はしゅう動部を持たないため,無潤滑で摩擦・ 摩耗の影響がない.
(3) ステージの運動は6自由度とし,また各方向への運動の間に生ずる干渉を補正できる.
以上のような高剛性を有する微動機構が実現すれば,さまざまな用途が考えられる.例えば粗動機構と組み合わせることにより,工作機械の持つ6自由度方向の運動誤差を補正する超精密加工システムなども開発できると考えられる.前報6)では垂直軸(Z軸)回りの回転を除く5自由度微動機構の原理について述べ,そのうちの3自由度を持つ微動機構を試作し,移動精度,負荷特性等について報告した.試作した3自由度微動機構は,
(1) 移動範囲はX方向3μm,Z方向12μm,β(Y軸回り)方向12″であり,各方向において0.01μmおよび0.01″以下の高分解能での微動が可能.
(2) 微動機構をX,Z,β方向に駆動したときの他方向への干渉はそれぞれ変位で±0.01μm,角度で±0.03″程度であった.またステージの中央部に400Nの垂直荷重を掛けた場合も精度の悪化は観察されなかった.
(3) 圧電素子の伸縮速度のばらつきに起因する過渡的な運動誤差が見られた.
などの性能を得た.
本報では,残りのγ(Z軸回りの回転)方向微動機構の原理について述べ,実際に試作して,移動案内精度,負荷特性,位置決め動特性,位置決め分解能等の性能評価を行った結果について報告する.また,前報において試作したX-Z-β方向3自由度微動機構と組み合わせた場合についても性能評価を行った.
2. 基 本 原 理
γ方向微動機構の原理を図1に示す.積層型圧電素子は2枚のプレートの間に挟み込まれ,円周上3か所に配置される.これはステージ上の垂直方向積載荷重を圧縮強度に優れた積層型圧電素子にかけることにより,重力方向すなわち-Z方向の剛性を特に高めるためである.
(a)はすべての圧電素子に電圧を加えていない状態である.(b)は基準電圧を加え,各圧電素子を一定の長さδ0γだけ伸ばした場合,そして(d)は(b)の動作をよりわかりやすくするため簡略化したものである.上部プレート(ステージ)はZ方向およびγ方向へ変位するが,この状態を基準状態として以後の動作を行う.ここで上部プレート上の任意の点を,Ptとする.(c)は各圧電素子を同じ長さδγ伸ばした場合,そして(e)は(c)の動作を簡略化したものである.ここで上部プレートの任意点Pt はPt’へと移動する.この時のγ方向への回転角は
となる.ここでδγはγ方向駆動のための圧電素子伸縮量,φはくさび型台の傾斜角,rは回転中心−アクチュエータ間距離である.以上の機構は前報で述べたX-Z-β方向微動機構のX方向の場合と同様に縮小機構となるので,位置決め分解能を向上させることができる.
本機構はγ方向の回転運動において,各圧電素子が正しく伸縮した場合X,Y,α,β方向成分への静的な干渉は原理上生じない.しかし,並進運動成分Z方向変位
を伴う.これがγ方向の回転運動によるZ方向への干渉となる.この干渉は,適当なZ方向微動機構(例えば前報で示した5自由度微動機構)などを用い,-Z方向へzγだけ駆動することにより補正可能である.したがって5自由度微動機構と組み合わせた場合,6自由度微動機構が完成する.
以上をまとめると,各方向の移動量{x, y, z, α, β, γ}に対して必要な圧電素子伸縮量{δx, δy, δz, δα, δβ, δγ}は前報の結果とあわせて,
で与えられる.ここでθは5自由度微動機構に用いられているくさび型台の傾斜角,hおよびwは装置の寸法に起因する定数である.
3. 実 験 装 置
3.1 微 動 機 構
図2に試作したγ方向微動機構の概略図を示す.上部プレート(ステージ)および下部プレート(ベース)とホルダの間にくさび型台が挟まった構造になっている.各プレートとくさび型台の材質はS45Cとした.
積層型圧電素子は圧縮強度に優れるが,せん断力に弱いため,弾性ヒンジを用いたホルダに納められた(図3).図のように平行ばね機構を左右対称に2か所採用することにより,くさび型台取付け部が平行に移動する.ホルダのばね定数は測定の結果,2.9N/μmであった.またくさび型台の傾斜角φは10°と設定した.
各プレートの間には120の間隔で,上下合わせて6個のくさび型台,3個のホルダがねじにより取り付けられている.取付け部ピッチ円半径すなわちrは100mmとした.各プレートの質量は2.9kg,ステージ全体では6.5kgであった.組立て後ステージの静剛性を調べるため,上部プレートに荷重をかけ,そのときの変位を測定した.その結果水平方向のばね定数は13.9N/μm,Z方向では+方向(引張り)で58.5N/μm,−方向(圧縮)で71.4N/μm,γ方向では+方向で3.99Nm/″,−方向で3.98Nm/″であった.構造上Z方向の圧縮方向剛性が相対的に高くなる. またホルダの平行ばね機構部分を左右対称になるようにしたため,回転方向による静剛性の差は見られない.
使用した圧電素子はトーキン製の□5×9mm(NAL-5×5×9)のもので,無負荷時の伸びは6.5μm/100V,最大発生力は853Nである.
3.2 制 御 方 法
図4に制御系の概略を示す.基本的には前報のX-Z-β方向微動機構と同様であり,半導体ひずみゲージを圧電素子を納めたホルダの左右2か所ある平行ばね機構の一方にのみ貼り付ける.そして,この部分のひずみ量より圧電素子伸縮量を検出した.ひずみゲージにより測定されるひずみと変位の関係はほぼ線形であり,ばらつきは±0.02μm以内であった.圧電素子の伸縮量は動ひずみ計アンプ,ADコンバータを経てパーソナルコンピュータに取り込まれPI演算される.そしてDAコンバータ,リニアアンプ(0〜150V)を介して圧電素子にフィードバックされる.
本機構ではγ方向の駆動に圧電素子を3個使用するが,前報と同様に各圧電素子の伸縮速度のばらつきが他の運動方向成分に一時的な偏差を生じさせることが予想される.そこで制御方式は,図5に示すように変位だけでなく,速度もフィードバックすることにした.サンプリング間隔は一定であるので,変位量を速度に変換することは容易である.図中の速度フィードバックゲインK2を決めるには,図6に示すように圧電素子の現在からk個前までの伸縮量(ひずみ)を用いる.これは平均化することによりノイズの影響を減らすためである.また,基準となる圧電素子とそれ以外の圧電素子の速度を合わせるようにゲインK2を変化させる.以上より各圧電素子に対するK2は次式となる.
ここでSはひずみゲージにより測定されるひずみ,KSDはひずみと変位の関係の係数,肩字AおよびBは,それぞれ基準および任意の圧電素子を示す.以上の制御を各圧電素子ごとに計3チャンネル分行った.さらに前報で開発したX-Z-β微動機構の6個の圧電素子の制御にも採用した.このような速度フィードバック方式を採用した結果,Z方向に0.3μmあった一時的な偏差は0.06μm以下に減少した.kの値は実験的に4としたが,これ以上大きくしても向上は見られなかった.以上の制御におけるサンプリング周波数は1kHzとした.
3.3 実 験 方 法
以上の制御装置によりγ方向微動機構を駆動した.ステージの直動変位および回転角度の測定は,上部プレート上に置かれたブロックゲージの測定面を,静電容量型非接触変位計(フォトニクスPC-1000,公称分解能0.015μm)で計ることにより行われた.また特にγ回転角度の測定は,図7に示すように120°おきに3か所で行った.性能評価は移動案内精度,負荷特性,動特性,微小ステップ駆動について行った.
4. 測 定 結 果
4.1 移動案内精度
図8にステージを基準位置からγ方向へ±1.0″駆動したときの位置決め精度ΔγおよびX,Y,Z方向偏差ΔX,ΔY, ΔZとローリングα,ピッチングβの角度偏差Δα,Δβの5回の測定結果を示す.位置決め誤差は±0.02″以内に収まっている.しかしX,Y方向偏差は±0.02μm以内であるが,一次の傾きがはっきりと見られ,回転中心のずれがあることを示している.これは各ホルダ間に放電加工機等により加工される際に生じる寸法誤差による特性の違いが生じたものと思われるが,X-Y微動機構と組み合わせることにより,補正が可能である.
Z方向に関しては,原理上必ず生ずる変位が見られ,その量zγは式(1)および(2)より,
となるが,4.5節で述べるようにZ方向微動機構と組み合わせることにより補正可能となる.またαおよびβ方向の角度偏差は±0.02″以内であった.以上の結果は,今回使用した測定機器の測定精度の上限に近いものであると思われる.
γ方向の最大移動量は積載荷重により左右されるが,400Nの負荷を載せた場合2.0″程度であった.移動量の増減は,使用する圧電素子のサイズ変更,設計段階での圧電素子の取付け部のピッチ円半径rまたはくさび型台角度φの変更により可能である.
4.2 負荷特性
ステージ上に0N,200N,400Nの負荷を掛けてγ方向に駆動したときの,位置決め精度と他の運動方向への偏差を図9に示す.前報のホルダ(平行ばねが片側だけのもの)では負荷による運動精度への影響がわずかに認められたが,今回はほとんど観察されなかった. これはホルダの改良により,ホルダのくさび型台取付け部の変位とホルダひずみの変位の関係が積載荷重により変動しにくくなったためであると考えられる. またこの図ではX,Y方向偏差の傾きがほとんど見られないが,これはγ方向移動量が小さいためである.
4.3 動 特 性
図10はステージの位置決め目標値を基準位置からγ方向へ 0.5″ステップ状に設定し,駆動したときの各自由度方向の応答波形を示している.γ方向の整定時間は約40ms,時定数は 13.6msである.Z方向に原理上必ず生じる変位が見られ,その大きさは式(5)より計算される量に等しい.またγ方向移動量が目標値に達するのに伴い,X,Y方向成分において回転中心のずれによる定常的な偏差が生ずるが,その大きさは0.01μm以内に収まっている.
次に図11はγ方向移動量を0.1″としたときのステップ応答波形である.このように移動量が少ないとX,Y方向成分に回転中心のずれの影響は見られない.
4.4 微小ステップ駆動
γ方向に0.02″ずつ正負両方向にステップ送りをしたときの変位特性結果を図12に示す.測定は静電容量型変位計のノイズを除去するため,カットオフ周波数20Hzのアナログローパスフィルタを用いて行った.図より位置決め分解能が0.02″以下であることがわかる.
4.5 Z方向変位補正
次に本機構をX-Z-β方向微動機構と組み合わせ,γ方向と -Z方向に同時に駆動することにより,γ方向駆動時に原理上生ずるZ方向変位を補正する.γ方向微動機構を前報で製作したX-Z-β微動機構上に重心位置を合わせて載せ,ねじにより固定した.なおX-Z-β微動機構における圧電素子の変位とひずみの関係は,積載荷重の変動による影響を受けぬようにγ方向微動機構の重量に合わせて校正した後使用した.
図13に移動案内精度の性能評価を行ったときのZ方向変位補正結果を示す.これはステージを基準位置からγ方向へ±1.0″駆動したときの,Z方向偏差の5回の測定結果である.変位補正後は偏差が±0.025μm以内に収まっている.
図14は動特性試験を行ったときのZ方向変位補正結果を示す.これはステージの位置決め目標値を基準位置からγ方向へ0.5″ステップ状に設定し,駆動したときのZ方向の応答波形である.Z方向変位は補正されており,各圧電素子の伸縮速度のばらつきによる動的な干渉(一時的な偏差)は0.05μm程度であった.以上よりγ方向駆動時に生ずるZ方向への変位がX-Z-β微動機構により補正可能であることが確認され,その結果4自由度X-Z-β-γ微動機構が完成した.
5. 結 言
前報で提案した5自由度微動機構に加え,γ(Z軸回り)方向微動機構を提案し,原理について述べた.そして実際に微動機構を試作し性能評価試験を行った.また前報において試作したX-Z-β方向3自由度微動機構と組み合わせた場合の4自由度駆動についても性能を検討した.これより以下のことを確認した.
(1) 試作したγ方向微動機構の最大移動範囲は,400Nの負荷をステージ上に積載した場合でγ方向2.0″であった.また位置決め分解能は0.02″以下であった.
(2) ステージをγ方向に駆動したときの位置決め精度は ±0.02″以下であった.またそのときのX,Y方向への偏差は±0.02μm,角度偏差は±0.02″程度であった.この精度は400Nの積載荷重に対しても保たれた.
(3) γ方向微動機構単体では駆動時に原理上生じるZ方向変位が,X-Z-β方向微動機構と組み合わせることにより補正可能であることを示した.Z方向偏差は±0.025μm以下であった.
(4) 前報において問題となった圧電素子伸縮速度の違いによる過渡的な運動誤差は,変位と速度のフィードバックを採用することにより0.3μmから0.06μmへ減少した.
前報で示した5自由度微動機構と本報で示した微動機構を組み合わせることで6自由度を持つ微動機構が原理的に可能となる.今後は制御方法の改良によるステージの高速化や多方向への同時駆動について検討する予定である.
本研究の一部は高度自動化技術振興財団および大澤科学技術振興財団の研究助成金で行われた.またM第一測範製作所には装置の製作に御協力頂いた.以上記して謝意を表する.
参 考 文 献
1) 畑村洋太郎,小野耕三,長澤 潔,村山 健:平行平板・放射平板構造を用いた多軸微細位置決め機構(第2報),昭和62年度精密工学会春季大会学術講演会講演論文集,(1987)495.
2) 谷口素也,稲垣 晃,杉本浩一,船津隆一:6自由度微動機構による超精密位置決め,昭和62年度精密工学会春季大会学術講演会講演論文集,(1987)499.
3) 辺見信彦,和田真一,青山尚之,長田秀治,下河辺 明:6自由度微動機構の研究,精密工学会誌,55,4(1989)761.
4) 富田良幸,佐藤文昭,伊藤一博,小梁川 靖:パラレルリンク式微動ステージの非干渉化設計,精密工学会誌,57,9(1991)1078.
5) Kok-Meng Lee and Shankar Arjunan:A Three-Degrees-of-Freedom Micromotion In-Parallel Actuated Manipulator,IEEE Trans. Rob. Autom., 7,5(1991)634.
6) 大岩孝彰,金子 克,金子 毅,久曽神 煌:圧電素子を用いた高剛性多自由度微動機構,精密工学会誌,60,9(1994)1355.