精密工学会誌,60, 9(1994) 1355-1359.
Journal of the Japan Society for Precision Engineering, 60, 9(1994) 1355-1359.

圧電素子を用いた高剛性多自由度微動機構*

High-Rigidity Multi-Degrees-of-Freedom Fine Motion Mechanism
using Piezoelectric Actuators

大岩 孝彰**,金子 克***,金子 毅****,久曽神 煌*****

Takaaki OIWA**, Katsumi KANEKO***, Takeshi KANEKO**** and Akira KYUSOJIN****


* 原稿受付 平成6年2月7日
** 正 会 員 静岡大学工学部;浜松市城北3-5-1
*** 学生会員 長岡技術科学大学大学院(現,北越工業(株);新潟県西蒲原郡分水町大武新田113-1)
****長岡技術科学大学大学院(現,シチズン時計(株);所沢市下富840)
*****正 会 員 長岡技術科学大学工学部(長岡市上富岡町1603-1)


In this paper, a new five-degrees-of-freedom fine motion mechanism whose rigidity is high is proposed, and the construction and the experimental results are also described for the characteristics of newly developed three-degrees-of-freedom mechanism. This mechanism comprises three wedge-shaped plates and six multi-layered piezoelectric actuators. The mechanism which requires neither guide plane nor lubrication enables it to move without any friction, wear and backlash. The maximum movements of the stage were 3 micrometer in X-direction, 12 micrometer in Z-direction and 12 second of arc in beta-direction. The positioning resolutions in the translational and rotational directions were less than 0.01 micrometer and 0.01 second of arc, respectively. The loading capacity was 400N. The positioning errors and the motion error were less than plus or mimus 0.01 micrometer and plus or mimus 0.03 second of arc. 1mm step positioning in X-direction interfered with other directions transiently because of difference of the contraction and expansion velocities of the piezoelectric actuators.
Key words: multi-degrees-of-freedom mechanism, positioning, fine motion mechanism, PZT actuator, wedge plate mechanism

1. 緒   言

 近年,半導体製造装置あるいは超精密加工機・測定機等の分野で,10nm以下の分解能をもつ多自由度微動機構が有用になっている1)〜5).しかし一般にこのような微動機構は,X線露光装置におけるウエハ位置決めや走査型顕微鏡のプローブあるいは測定対象物の微動等を想定して設計されているため,許容積載荷重や剛性は極めて低いものが多い.この原因は,これらの微動機構の多くが案内要素として平行平板形状1)あるいは球面形状2)〜4)をした弾性ヒンジを採用していることにある.弾性ヒンジや平行ばねによる案内の長所は,摩擦によるスティックスリップがなく位置決め精度を向上できること,発熱が少なく移動速度を上げられることなどであるが,反面剛性や減衰能が低いという欠点を持つ.また滑り案内による微動機構では,剛性や減衰の点では満足できるが,微小な位置決めを行う場合スティックスリップ等の摩擦による影響を避けることは困難である.また空気軸受や転がり軸受を用いたものでは,案内部の低摩擦特性が逆に位置決めの際の減衰能を悪化させるという指摘も見られる6).
 そこで本研究では,以下の特徴を有する多自由度微動機構を開発することを目的としている.
 (1) 微動ステージの許容積載荷重が大きい.
 (2) 案内要素はしゅう動部を持たないため,無潤滑で摩擦・摩耗の影響がない.
 (3) ステージの運動は垂直軸(Z軸)回りの回転を除く5自由度とする.
 以上のような高剛性を持つ微動機構が実現すれば,さまざまな用途が考えられるが,例えば粗微動方式の位置決め機構等のほかに,回転軸系の心振れ補正や円筒形工作物・歯車等の測定・加工時の心出しなどにも応用できると考えられる.本報では5自由度微動機構の原理について述べ,そのうちの3自由度を持つ微動機構を試作し,移動精度,負荷特性等について実験を行った.

2. 基 本 原 理

 図1 に3自由度微動機構の原理を示す.重力方向すなわち−Z方向の剛性を特に高くするため,3枚のくさび形の板の間に積層型圧電素子を挟み込んだ構造とした.これにより,垂直方向のステージ積載荷重は圧縮強度に優れた積層型圧電素子にほとんどかかることになる.
 (a)はすべての圧電素子に電圧を加えていない状態である.(b)は各圧電素子を一定の長さδ0だけ伸ばした場合である.上部のくさび板(ステージ)はZ方向ヘ変位するが,X方向には変位しない.この状態を基準位置とする.
 (c)は上部の圧電素子を縮め,下部を同じ長さ伸ばしたものである.ステージはZ方向へは変位しないが,X方向へ変位する.このX方向変位は

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となる.ここでδxはX方向駆動のための圧電素子伸縮量,θはくさび板の傾斜角である.このような機構は一種の変位縮小機構であり,位置決め分解能を向上させることができる.また,しゅう動面等の案内面がないためスティックスリップ等の摩擦の影響を受けず,高精度な位置決めが可能となる.
 またY軸回りに角度β傾ける場合は図(d)のように圧電素子を伸縮させる.このとき

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ここでwはアクチュエータ間距離,δβはβ方向駆動用伸縮量である.そしてZ方向に駆動するときは(e)のように全圧電素子を同じ変位量伸縮させる.このときのZ方向変位量は

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である.以上のX-Z-β方向微動機構と同じものをZ軸回りに90°回転させて積み重ねれば,Y方向およびX軸回りの傾きαを加えた5自由度方向の駆動が可能となる(図2 ).
 本機構はX, Y, Z方向などの直交3軸方向の並進運動においては,各圧電素子が正しく伸縮した場合他の方向成分への静的な干渉は原理上生じない.しかしα,β方向へ回転させる場合には並進運動成分Y, X方向にそれぞれ干渉を起こす.図3 において,図1(d)のように圧電素子a,cをδβ伸ばし,b,dをδβ縮めたとき,くさび板MおよびUは点A,Bを中心としてそれぞれ角度β/2ずつ回転する.このときくさび板U上の点CはX方向へ

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だけ移動し,これがβ方向への回転によるX方向への干渉となる.ここで hAC ,hBC は点A,Bからステージ上の任意の点Cまでの高さである.β方向へ駆動するときZ方向も干渉を受けるが,実際にはβは十分に小さいため二次的誤差となり無視できる.したがってX, β方向へ同時に駆動する場合は式(1)および(4)によるX方向移動量が重ね合わされたものになる.よってX方向変位は,

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となる.Y-α間の干渉は上述X-β間と同様で,以上をまとめると,



となり,各方向の移動量に対して必要な圧電素子伸縮量は



で与えられる.ここで h=(hAC+hBC) であり,干渉を少なくするためには h はできる限り小さいほうがよい.

3. 実 験 装 置

 3.1 微 動 機 構

 試作したX-Z-β方向3自由度微動機構の概略図を図4 に示す.前述のhを小さくするために,各板の両端部分のみをくさび形として全体の高さを抑えた.各くさび板の材質はS55Cとした.
 積層型圧電素子は軸方向の圧縮強度に優れるが,引張りおよびせん断に弱いため,弾性ヒンジを用いたホルダに納められた(図5 ).ホルダはくさび板取付け部が平行に移動するように製作された.一般に,このような平行リンク機構では必然的に沈みが発生し,正確な直線運動を行わない.しかし本機構ではリンクの長さ20mm,移動量10 micrometerとすると,計算上の沈み量は3nm以下であり無視できる量である.またホルダヒンジ部に掛かる垂直方向荷重を少なくするためと,変位を縮小して水平方向の位置決め分解能を高めるため,くさび板の傾斜角θを10°と小さく設定した.
 圧電素子の寸法は□5×9mmで,無負荷時の伸びが6.5 micrometer/100Vのもの(トーキン製,NAL-5×5×5)を用いた.最大発生力は100V印加時で853Nであり,ホルダのばね定数6.8N/mmを考慮しても十分に大きい.
 各くさび板の間には3点支持となるような配置で,合計6個のホルダがねじにより取付けられている.積載荷重はこれらのホルダ取付け部の内側に負荷されることが望ましい.各くさび板の質量は3.5〜4.8kgであった.また組立後微動機構の静剛性を調べるため,上部くさび板に荷重をかけ,そのときの変位を測定した.結果X,Y方向のばね定数は約19N/micrometer,Z方向では+方向で23N/micrometer,−方向で31N/micrometerであり,構造上Z方向の圧縮方向剛性が相対的に高くなる.X,Y等の水平方向の剛 性はホルダの弾性ヒンジ部の剛性によると思われるが,−Z方向の剛性は積層型圧電素子断面積の拡大により,さらに改善できると推察される.

3.2 制 御 装 置

 図6 に制御系の概略を示す.一般的に圧電素子の伸縮量と印加電圧の関係にはヒステリシスが存在し,それを取り除くための補正が必要である.本報では,圧電素子を納めたホルダの弾性ヒンジ部分に貼った半導体ひずみゲージにより伸縮量を検出し,圧電素子伸縮量のフィードバック制御を行った.ひずみゲージにより測定されるひずみと変位の関係は測定の結果ほぼ線形で,偏差は±0.02 micrometer以内であった.
 伸縮量は動歪計アンプ,AD変換器を経てパーソナルコンピュータに取り込まれPI演算される.そしてDA変換器,圧電素子用のリニアアンプ(0〜150V)を通じて圧電素子にフィードバックされる.以上の制御を各圧電素子ごとに計6チャンネル分行った.このときのサンプリング周波数は1kHzに設定した.また圧電素子の急激な伸縮は素子自身に衝撃を与えること,ステージ上に比較的大きな質量の負荷(最大400N)を搭載することなどを考慮して,PI演算の比例定数は小さく抑えられている.以上より制御系の各要素から求められる一次遅れ系の時定数はおよそ15 msとなる.

 3.2 実 験 方 法

 以上の制御装置により微動機構をX,Zおよびβ方向に別々に駆動した.ステージ中央部にはおもりがねじにより締結され,特に断らないかぎり常に200Nの垂直荷重が加えられている.ステージの直動変位および回転角度の測定は,上部くさび板上に置かれたブロックゲージの測定面を,静電容量型非接触変位計(フォトニクスPC-1000,公称分解能0.015 micrometer)で測ることにより行われた.本原理の微動機構の最大移動範囲は積載荷重により左右されるが,試作した3自由度微動機構ではステージ上に400Nの負荷を載せたとき,X方向に3 micrometer,Z方向に12 micrometer,β方向に12″程度となった.

4. 測 定 結 果

 4.1 移 動 案 内 精 度

 まずステージを基準位置からX方向へ±1.5 micrometer駆動したときの位置決め精度ΔXおよびY, Z方向偏差ΔY, ΔZとロールα,ピッチβおよびヨーγの角度偏差Δα, Δβ, Δγの5回の測定結果を図7(a) に示す.これらの偏差は各圧電素子伸縮量に誤差があると発生する.しかし位置決め誤差,Y,Z方向偏差ともに±0.01 micrometer以内,角度偏差は±0.03″以内に収まっている.負荷がない場合および負荷を400Nとした場合もほぼ同様の運動精度が得られた.次にステージをZ方向へ±6 micrometer移動したときの運動誤差を図7(b) に示す.またステージをβ方向に±3″回転させたときの運動誤差を同図(c)に示す.X方向と同様の直動精度が得られている.第2章で述べたように,β方向に駆動するとX方向は干渉を受ける可能性があるが,βの量に応じてX方向の移動量を補正することで,任意の高さの点を中心としてβ方向だけに回転させることができる.
 図7の結果をまとめると,この微動機構の運動精度は±0.01 micrometer,角度で±0.03″以下であることがわかった.これらは使用した変位計の公称分解能やブロックゲージの形状精度にほぼ相当し,測定精度の上限に近いものであると思われる.

 4.2 負 荷 特 性

 図8はステージの負荷特性を表している.ステージ上に0,200,400Nの負荷を掛けてX方向に駆動したときの目標値との誤差を示す.図中の直線は最小自乗線である.負荷を増加させるにつれて移動量が少なくなる傾向となる.これは負荷により,ホルダのくさび板取付け部の変位とホルダひずみの関係が変化するためであると推察される.しかしその変化量は400Nで0.02 micrometer以内と小さく,目 標値に対する移動量の線形性は維持されているため,負荷のおおよその大きさごとに係数を校正することにより除去が可能であると考えられる.

 4.3 動 特 性

 図9(a)はステージの位置決め目標値を原点からX方向へ1.0 micrometerステップ状に設定し,駆動したときの各自由度方向の応答波形を示している.X方向の整定時間は約40msである.X方向に整定する間に,各圧電素子の伸縮速度のばらつきに起因する他の方向成分に動的な干渉(一時的な偏差)を生ずるが,X方向の変位が目標に達すると同時に定常的な偏差値に収束する.この干渉はZ方向で特に大きく,0.2 micrometer(入力ステップ幅に対して20%)に達する.
 圧電素子の伸縮速度の違いの原因は,素子が伸びるときと縮むときで印加電圧・伸縮量のヒステリシス曲線が異なるからである.特に本機構ではX方向に駆動する際,原理上上側と下側の圧電素子の伸縮方向が異なるため,伸縮に要する時間に違いが生じる.この影響を取り去るためには,圧電素子の伸びおよび縮み速度を同一にするように,速度フィードバック等を行う必要があろう.
 図9(b),(c)は同様にZおよびβ方向のステップ応答の結果である.Z方向は同図(a)のX方向と同様に1.0 micrometer,β方向は1″回転させたが,このときの圧電素子自体の伸縮量はX方向に移動させたときよりも小さい(約1/6)ため,他方向への動的な干渉が少なくなっている.
 次に図10はXおよびZ方向移動量を0.1 micrometer,β方向回転角を0.1″としたときの応答波形である.このように移動量が少ないときは,すべての方向で一時的な偏差はほとんど見られない.これは伸縮量が小さいときは前述の圧電素子のヒステリシスループが小さく,伸縮速度の違いが現れにくくなるためと思われる.

 4.4 微小ステップ駆動

 10nmおよび0.01″ずつ正負両方向にステップ送りをしたときの変位特性結果を図11に示す.測定では静電容量型変位計のノイズを除去するために,カットオフ周波数20Hz程度のアナログローパスフィルタを用いている.図(a)はX方向,(b)はZ方向,(c)はβ方向へ駆動した結果である.図よりステージ上に重量物が載っていても各方向への位置決め分解能が10nm以下あるいは0.01″以下であることがわかる.

5. 結   言

 積層型圧電素子とくさび形をした板を用いて,高剛性を持つ新形式の5自由度微動機構を提案し,原理について述べた.そのうちの3自由度を持つ微動機構を試作し,性能評価試験を行い以下の結論を得た.
 (1) 微動ステージの積載荷重が大きく,案内要素にしゅう動部を持たない,無潤滑でスティックスリップのない新しい形式の微動機構を提案し,その設計指針を示した.
 (2) 試作した3自由度微動機構の移動範囲は,400Nの積載荷重のとき,X方向3 micrometer,Z方向12 micrometer,β方向12″であった.各方向において0.01 micrometerおよび0.01″以下の高分解微動が可能であることを示した.
 (3) 微動機構をX,Z,β方向に駆動したときの他方向への偏差は変位で±0.01micrometer,角度で±0.03″程度であった.またステージ中央部に400Nの垂直荷重を掛けた場合も精度の悪化は観察されなかった.
 (4) X方向に1micrometerのステップ状に位置決めをした場合,運動誤差に過渡的な影響が観察された.これは圧電素子の伸縮速度の違いに起因する.ステップの大きさを0.1micrometerと小さくした場合は影響は見られなかった.
 本機構は限られた移動範囲内での重量物の位置・姿勢制御に有用であると思われる.今後は制御方式の改良による動的干渉の低減と5自由度への拡張を行うつもりである.本研究の一部はメカトロニクス技術高度化財団の平成3年度研究助成金を頂いて行った.また(株)第一測範製作所には装置の製作にご協力頂いた.以上記して謝意を表する.

参 考 文 献

1) 畑村洋太郎,小野耕三,長澤 潔,村山 健:平行平板・放射平板構造を用いた多軸微細位置決め機構(第2報),昭和62年度精密工学会春季大会学術講演会講演論文集,(1987) 495.
2) 谷口素也,稲垣 晃,杉本浩一,船津隆一:6自由度微動機構による超精密位置決め,昭和62年度精密工学会春季大会学術講演会講演論文集,(1987) 499.
3) 辺見信彦,和田真一,青山尚之,長田秀治,下河辺 明:6自由度微動機構の研究,精密工学会誌,55, 4 (1989) 761.
4) 冨田良幸,佐藤文昭,伊藤一博,小梁川 靖:パラレルリンク式微動ステージの非干渉化設計,精密工学会誌,57, 9 (1991) 1078.
5) Kok-Meng Lee and shankar Arjunan : A Three-Degrees-of-Freedom Micromotion In-Parallel Actuated Manipulator, IEEE Trans. Rob. Autom., 7, 5 (1991) 634.
6) 森山茂夫,原田達男,高梨明紘:圧電素子アクチュエータ微動機構を備えた超精密X-Y移動台,精密機械,50, 4 (1984) 718.